ここは川越市の老舗醤油蔵、松本醤油。
この敷地の一角で、平成19年創業した日本酒蔵、小江戸鏡山酒造が酒造りを行なっている。
この方が小江戸鏡山酒造の営業部長兼蔵人の五十嵐昭洋さん。
埼玉県飯能市で「天覧山」を造る五十嵐酒造の次男にあたる方だが、川越の酒蔵復活に駆けつけた有志の1人だ。
取材訪問に訪れた日、蔵はまず麹室での「盛り」と呼ばれる作業からスタートした。
小江戸鏡山酒造では麹室の見学は原則お断りしているのだが、今回は特別にカメラを持ち込んでの取材にOKをいただいた。
入室前に入念に消毒を行なう店主吾郎。
前日に種麹を振り付けて約24時間、麹菌が米に回り始めた段階で一度崩して小分けにする「盛り」の作業の風景。
一昼夜過ぎた米は、ご覧のように大きな固まりとなっており、これを人の手と機械(切り崩し機)で細かくする。
小さな金平糖くらいの大きさに崩された麹米を手に取って麹を確認。
崩された麹米はこのように小分けにして、さらに一昼夜かけて麹菌の繁殖を促す。
この日は夜中も麹室での作業があり、蔵人は数時間おきに温度を確認し、麹の積み替えを行う。
麹室の作業が終わり、次に蔵の中を案内していただいた。
ここに写っている小さい6本のタンク(の蓋)が、小江戸鏡山酒造の全タンク。
数もスペースも驚くほど小規模だが、ここで酒通を唸らせる鏡山の美酒は醸され、世に送り出されて行く。
櫂入れ作業のワンシーンを撮影。
鏡山には女性の蔵人も酒造りに参加しており、男手に混ざってさまざまな作業をこなしている。
このタンクは間もなく上槽(しぼり)を行なう予定の、発酵終盤の純米酒のもろみだ。
ご好意で店主吾郎も櫂入れに挑戦させてもらった。
このタンクは留仕込2日目のもので、米がまだ溶けていない。
小仕込みと言えど数百キロの米の固まりに櫂を入れるような作業はたいへんな重労働。全体重を乗せて櫂を入れる。
槽場では前日しぼりを終えた槽の「粕はがし(粕取り)」の準備が始まっていた。
槽の中に並べられた酒袋を1枚1枚取り出し、バケツリレーで作業台に並べて行く。
その酒袋から手作業で酒粕を取る。
慣れた手てきで袋から粕を落とすと、乳白色のきれいな酒粕が姿を見せる。
この酒粕は純米クラスのものだが、香りも良く上質な酒粕だ。
店主吾郎も白衣を貸してもらって、粕取りに挑戦。
これまでの酒蔵訪問や酒造り体験での経験を活かして、手際良く粕を落とす姿を披露。
周囲から「上手!」というお言葉が。
ある程度の酒粕が入り、重さを計量するために桶を計量台まで運んだのだが、この桶が重い!
計量で出て来た重さは約53kg。2人がかりでないとこれは運べない。
鏡山は全量少量仕込みだが、それでも1回のしぼりでこれだけの酒粕が出る。
この全てを1枚1枚手作業で取るのは、地味ながら蔵人総出でないと片付かない大作業だ。
忙しい中、蔵人さんの休憩時間にお願いして「恒例の集合写真」をお願いしました。
全員若いスタッフなので、このフォーメーションの元ネタを即座に理解していただき、躍動感ある良い写真が撮れました。
事務所に飾られている、有名な歌舞伎役者の方々が鏡開きをしている写真が目についた。
後で知ったのだが、鏡山の酒は「新春浅草歌舞伎」の鏡開きに毎年採用されているとのこと。
新年は鏡山を飲みながら歌舞伎鑑賞、というのもまた一興ではないだろうか。
続いて蔵の周囲、小江戸川越の町並みを散策へ。
巨大な鬼瓦、急勾配の屋根、漆喰で塗り込められた住居が並ぶ町並みは歴史の重みを感じさせる。
こちらの店舗「陶舗やまわ」は、かつてNHK連続テレビ小説「つばさ」のロケ地として使用されたことがあり、川越を代表する建築物の1つ。
川越の町並みは蔵造りのものばかりではなく、このような洋館も点在しているのも特徴。
こちらは昭和11年に出来た百貨店「旧山吉デパート」。
偶然人力車が前を横切る瞬間を撮影したが、こんな時の針が止まったような光景も川越ならでは。
「菓子屋横町」と呼ばれるお菓子屋さんが固まる商店街に到着。
江戸時代創業の飴屋さんや、川越の名物サツマイモを使った和菓子屋さんが軒を連ねているのだが、下町情緒が残されている町並みは、初めてなのにどこか懐かしさを感じさせる。
そして川越の町のシンボル「時の鐘」へ到着。
江戸時代初期の寛永4年、当時の川越藩藩主だった酒井忠勝(後に幕府で老中、大老を勤める)によって建てられ、人々の暮らしに欠かせない「時」を知らせてきた。
現在も1日4回、鐘の音を川越の町に響かせている。
川越には大小さまざまなお寺が多く残されているのも特徴で、今回は蓮馨寺(れんけいじ)というお寺に立ち寄った。
徳川と北条の家紋が並ぶ賽銭箱の右手には「おびんずる様」が鎮座しており、触ると病気が治り、頭に触ると頭が良くなると言われている。
このような何気ないところにも「葵の御家紋」がズラリと並ぶ光景は、徳川将軍家と縁の深い川越ならでは。
こちらは川越市産業観光館「小江戸蔵里(くらり)」と言う施設で、この敷地と建物は、旧鏡山酒造のものを利用している。
現在ここでは酒造りは行なっていないが、川越の名産品の販売やお食事ができるスペースとして開放されている。
展示蔵では旧鏡山酒造の歴史や建物を紹介しているコーナーがある。
旧鏡山酒造は、かつて「明治蔵」「大正蔵」「昭和蔵」3つの酒蔵が稼動しており、いずれも国の登録有形文化財に指定されている。
酒造りの様子を描いた古い絵が飾られており、足を止めてしばし見入る。
中央に大きな槽(天秤式)が描かれているが、小江戸鏡山酒造もまた同じ槽を使用していることを思い出した。
川越の酒造りの伝統は、平成に復活した小江戸鏡山酒蔵にも確実に受け継がれている。
こちらは「まかない処」と呼ばれる小江戸蔵里のお食事処。
旧鏡山酒造の大正蔵を利用した施設で、天井を見上げると立派な梁(はり)が当時のまま残されている。
この「まかない処」で五十嵐さんに懇親会の席をセッティングをしていただいた。
鏡山の純米大吟醸(限定品の無濾過生貯蔵酒)でまず乾杯。
次々と運ばれてくる豪華な料理。それと合わせていただく鏡山はどの酒も素晴らしいの一言。
五十嵐さんによると、鏡山は辛い酒は造りたくないんです。ラ・フランスのような、旨口で美しい酒を目指しています、という一言が印象的だった。
鏡山は天ぷらとの相性もとても良い。
五十嵐さんのお話と併せて思うと、鏡山は日本酒というより白ワインの感覚に近いものがあるように思える。
美味しい料理と美味しい酒が揃い、この日は店主も五十嵐さんも飲み過ぎてしまうほど、とても楽しい懇親会になりました。