えぞの誉|有限会社二世古酒造
北海道虻田郡倶知安町字旭47番地酒名:二世古(にせこ)、えぞの誉 ■創業:1916年(大正5年)3代 ■杜氏:蔵元杜氏(無所属) ■仕込み水:羊蹄山の水(京極の水)、今金地区の水、ニセコ連峰の3種類の水を使用 ■訪問日:2012/4/7
代表銘柄
札幌から西へ約50キロメートルに位置する倶知安(くっちゃん)。
北海道の中でも特に降雪量が多く、上質のパウダースノーが積もることから、日本はもとよりオーストラリアなど世界各国からスキー客が集まるウインターリゾート地。
私が訪問した4月にももちろん雪が振っていて、スノーボードを持つ外国人の姿を見ることが出来ました。スキーの他にはじゃがいもの産地で、街の至る所にじゃがいもをモチーフにしたキャラクターを目にします。
そんな二世古に1件の酒蔵があります。
えぞの誉という酒を造る有限会社二世古酒造です。
二世古酒造は大正5年に創業した酒蔵です。
創業当時は現在の蔵のオーナー水口家ではなく別の方がおこした蔵です。蔵は何度か人の手に渡り昭和47年に水口家が蔵を所有。杜氏を雇わず蔵主自ら酒造りをされています。
蔵が位置する二世古は北海道の中でも豪雪地帯です。
私が訪問したのは4月7日で新学期が始まる頃ですが朝から雪が振っていました。写真のとおり蔵は雪に埋もれています。
そんな二世古酒造のこだわりが「原酒」。
昭和47年に水口家が二世古酒造を買い買い取り、その年から原酒を市販。
同時に杜氏による酒造りも廃止し、蔵元自ら酒造りをされています。
今では蔵元自らが酒造りを行う蔵元杜氏は一般的ですが、水口清専務さんの話ではその当時、北海道では原酒の市販や蔵元杜氏を行なっている蔵はまだ存在しなかったそうです。
原酒にこだわった理由をきくと、「水で薄める事を良くない」という考え方から。
米から製造される日本酒には、ワインと異なり米には液体化させるほどの水分が含まれていない事から酒造りに工程には水が用いられます。
水を用いる事が醸造工程で行われている事から、搾り終えた原酒に対しても「割り水」と言われて一定のアルコール度数に調整して出荷される事が一般的です。
江戸時代には原酒を水で割ることを「玉を利かせる」と良い、灘で造られた酒は発酵力が強くアルコール度数が高かった事から、水で少し割っても充分に通用する酒質だったそうです。
水を割って酒の量を増やすせば売り手も儲かることから、灘のお酒は問屋などからも重宝されていた、という言い伝えがあります。
現在では灘の酒に限らず日本酒の多くは、水で一定のアルコール度数に調整され出荷されています。
代々続く酒造業の家庭に生まれた蔵主だと「習慣」と納得したのでしょうが、外の世界から酒造業に参入してきた水口さんにとって、この「割り水」という考え方には疑問を持たれたのでしょう。
木になったりんごをそのまま出荷するのと同様に、出来上がった酒を水で薄めずに出荷したい。水を吸わせてふくらませたりんごを出荷することは良くない。
そのようか考え方から、蔵を買い取った最初の年の造りから原酒を市販化されます。
二世古酒造が売り始めた原酒はスキーでこの地に訪れた観光客の間で人気となります。
水口清専務の話によると、二世古酒造が北海道で一番最初に原酒を市販した蔵と言われています。
余談ですが、当店が取り扱っている福井県の梵だと、解っている範囲では昭和43年には既に原酒を市販されています。
写真は現在の主力商品の活性酒。
原酒の販売を開始した当初、地元の人々はなかなか理解してくれなかったそうです。
というのは昭和47年というとまだまだ1級、2級、特急の時代。
消費者の多くは「酒のランクは値段で決めていた」ような時代。原酒で出荷することで少し値段が高くなった商品を消費者は簡単に理解できなかったそうです。
当初は県外からの観光客に売れていたそうですが、原酒の美味しさが地元の人々にも伝わってきたのでしょうか。
現在では地元の消費者からのニーズが多く、一番主力の商品が活性にごり酒。
酵母が生きた状態でビンに詰めるという事も北海道内では先がけだったそうです。
酒造りがスタートする11月から年末までに製造される酒ですが、この活性酒がダントツに売れている主力商品との事。
写真は珈琲焼酎とマッコルリ。
二世古酒造では焼酎も製造されていますが、北海道で誰もしていない事を真っ先にしてきた蔵元だけあって造る焼酎も一線を画します。コーヒー焼酎なんて聞いたことがありません。
マッコルリについては、現在市販されている大手のマッコルリの原料を見たら、いろんな添加物が入っています。その現状を見て「だったら純米のマッコルリを造ろう」と思い、純米のマッコルリの製造を始められたとか。
写真の方が二世古酒造の後継者であり、酒造りを行なっている水口渉さん。
現在37歳で、元々は畑違いの仕事をされていたそうですが30歳の時に蔵に戻ってきたそうです。現在は酒造歴は6年目。
水口渉杜さんに蔵を案内して頂きました。
写真は仕込み部屋です。
蔵の酒造期間は11月頃から翌年の3月頃まで。
スタートは人気の活性酒の仕込から開始し、年明けから純米酒や吟醸酒等を製造。
左端の仕込み部屋の窓の写真に注目ください。
写真は部屋の窓の外を撮影したもの。
ニセコは北海道の中でも豪雪地帯との事ですが見ての通り。
私が訪問した日は4月7日ですが雪が2階の高さ迄積み重なっています。
屋根から落ちた雪は長方形で雪というより氷に近い感じ。
蔵を覆ってカマクラ状態です。
基本的にタンクにジャケットを蒔いて冷やすことはありません。
ただ造り始めの11月にはホースを自作で穴を開けシャワーで水を掛けて冷やすことはあるとの事。
逆にタンクは温める必要があり、先ずはマットをまいたりタンクの下に電球を入れたり。
夜中はサーモが付いている小型のファンヒーターを用いて部屋の温度調整をしているとの事。
特に今年の仕込は寒く、電球くらいでは暖かくならず、下から温風を入れていたとの事。
モロミは初期段階が重要5日経過すると発酵に勢いが付き、それ以降は自然に任せていれば大丈夫との事。
写真は槽場です。
雪に囲まれた天然の冷凍庫状態です。
暖かい地域の蔵のように冷房がきいた個別の部屋を用意する必要は無し。
北海道の他の酒蔵がして来なかった事に挑戦して来た二世古酒造ですが、後継者の渉さんが考える次の目標は「純米」の酒です。
北海道はかつて一次産業(炭鉱業、漁業、農業)が栄えた時代、日本酒の消費が全国でもトップクラスの時代がありました。しかし現在は一次産業が廃れ、日本酒に代わって焼酎の甲類の消費が増加。
日本酒の生産は落ち込むと同時に県外からも酒が入ってきて、今では県外の酒が全体の8割をしめているそうです。
そのような状況の中、北海道の原料を用いた純米酒に特化する事を考えておられるとの事。
これが北海道の酒という枠にとらわれず、それぞれの蔵がそれぞれの味を表現し、蔵それぞれが個性を持つこと。
何年か後には北海道初の純米の酒だけを造る蔵になっているかもしれませんね。
最後に訪問の証の記念撮影です。
記念撮影は雪に覆われた蔵の前で撮影。
カマクラのように雪で覆われた蔵など、早々にあるものではありません。
雪が沢山残っている事は想像していましたが、想像以上の雪の多さに驚く吾郎でした。
商品の購入・質問はえぞの誉|有限会社二世古酒造へお問い合せ下さい。
TEL:0136-22-1040:二世古、えぞの誉醸造元有限会社二世古酒造
ここで書かれているデーターは筆者が訪問した時点の情報となります。











北の誉酒造は石川県から移住してきた野口吉次郎氏によって1901年(明治34年)に創業した110年以上の歴史を持つ酒蔵です。
私が訪問した日は4月6日。
昔から辛口の酒が主体に造っているとの事。
連続蒸米機と昔ながらの和釜を使用。
フジワラ製のものが用いられています。
本土の場合、冬季でも暖かい地域が多いので、タンクを冷却する目的でサーマルタンクを用いている蔵が多いのですが、北の誉の場合は「より厳密に管理をする事」を目的にサーマルタンクが用いられています。
千歳鶴と並ぶ大きな蔵なので、ごらんの通り圧搾機が4機あります。
米焼酎 羆(ひぐま)、北海道のじゃがいもを原料に作ったじゃがいも焼酎「ピリカ伝説25」などを製造しているとの事。
私が訪問した日は日本酒の製造を終えて、焼酎の仕込みが行われていました。















今回、蔵をご案内をしてくれました。
酒造好適米は「美山錦」、「秋田酒こまち」が中心。
秋田は米どころと言われていますが、秋田の酒蔵の中でも自社で精米機を持つ蔵はそう多くないそうです。
正確に計量した米を一定間隔で排出し、泡の力で米を洗う自動洗米機との事。
蔵人が考案し、地元の機械メーカーに依頼して作ったもの。
写真では連続蒸米機のみが写っていますが、すぐとなりに和釜があります。
ご覧のようにしっかりと足場が組まれていて、開放タンクが使用されています。
2機の圧搾機が並んで使用されていました。
次々に米を磨く精米機を見て感心する吾郎。

